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最高裁判所第一小法廷 昭和37年(オ)1005号 判決

上告人

西浦正郎

右訴訟代理人弁護士

加藤正次

松田道夫

平尾義雄

被上告人

株式会社堂島ビルディング

右代表者代表取締役

橋本昭一

右訴訟代理人弁護士

海野普吉

坂上寿夫

長岡邦

木崎良平

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人加藤正次、同松田道夫、同平尾義雄の上告理由第一点について。

不法行為による上告人の被上告人に対する所論損害賠償債権は時効完成によつて消滅したが、民法五〇八条により、右消滅以前において被上告人の上告人に対する本件賃料等債権と相殺適状にあつた限度において、なお相殺をすることができるとした原審判断は、正当である。所論は、消滅時効完成後も時効援用あるまでは有効に存続する債権であるから、右援用の時までに相殺がなされれば、時効完成時の債権額にかかわらず、相殺の時点における債権額につき対当額において相殺されると主張するが、論旨は民法五〇八条の法旨を正解しないものであつて採るを得ない。また、所論挙示の、例は事案を異にし本件に適切でない。原判決には所論の違法は認められない。

同第二点について。

所論の点に関する原審の事実認定は、挙示の証拠により是認できる。所論はひつきよう、原審の裁量に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、その間所論の違法は認められない。

同第三点について。

原判決は、所論自働債権たる損害賠償請求権の存在を肯認し、その額は受働債権たる被上告人の上告人に対する賃料等債権の額二二八、五一四円を超えると認定して、両債権が相殺により対当額で消滅したことを判示しており、原判示としてはこれをもつて足りるのであつて、所論のような点を判示しないからといつて審理不尽の違法があるものとは認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 斉藤朔郎 長部謹吾)

上告代理人加藤正次、同松田道夫、同平尾義雄の上告理由

第一点 法令の解釈適用の誤

(イ) 原審判決は右債権(不法行為による上告人の被上告人に対する損害賠償債権)のうち、不法行為当時に発生したものについては、その後満三カ年を経過した昭和二六年一、二月中消滅時効完成したものと謂うのほかはない。しかし、民法第五〇八条により右消滅以前に於て被控訴人の本件賃料等債権と相殺適状にあつた限度においては尚相殺をすることができるものといわなければならないと判示し、被上告人の上告人に対し、時効完成時である昭和二六年二月末日現在において有する債権(受働債権)金二二万八千五一四円と、それ以上の額に達すると認定した上告人の被上告人に対する不法行為による損害賠償債権(自働債権)とを金二二万八千五一四円の限度でのみ相殺を認めた。

しかし乍ら、消滅時効について裁判所が抗弁事由として採用できるのは債務者が援用した場合に限るのことは時効援用制度の趣旨からして自明の理であり、債務者が援用しない間は裁判所は当該債権は有効に存続しているものとして取扱わなければならず、その間に反対債権が増加した場合には時効を援用し得る債権と増加した反対債権とは相殺適状にあるものである。即ち、時効を援用し得る債権も援用がない以上、時効の完成を認定出来ないわけで完全に有効な債権として取扱わねばならない結果、援用のあるまでは右債権を自動債権とし、増加せる反対債権を受動債権として相殺の時点における相殺適状の限度で相殺し得るのである。そして、援用のあるまでに時効を援用し得る債権と反対債権の相殺がなされた場合、両債権は対当額において相殺されて消滅してしまう。従つて相殺の後に援用があつてもすでに消滅した債権については時効の完成を主張できない。このことは時効を援用し得べき債務者が公正証書による強制執行をうけて後時効を主張してもどうにもならないことと同一であり、明治四一年一〇月三一日東控民二判新聞五三八号一二頁も被控訴人は商品を控訴人に売渡したるに因りて取得したる債権に付二年の消滅時効の期間を経過したる後に於て控訴人が訴外人に対して有せる債権を差押え之が転付を得たりと云うに在り……時効の援用なき限り債権者に於て其権利の執行を為すは法律の是認する所にして固より違法の行為に非ずと同様な趣旨を判示している(同旨明治四四年九月二六日東控民一判新聞七五二号二二頁)。要するに、弁済であると、強制執行であると、相殺であるとを問わず、時効の援用のない間に債務の消滅を来たす行為があつた場合、後になつて時効を援用しても効がないと云うことである。

而して、本件に於ては上告人が相殺をしたのが昭和三三年七月一五日で其の後に被上告人の時効の援用があつたのであつて相殺の時には被上告人の上告人に対する債権(受働債権)は九三万円以上存し、上告人の被上告人に対する債権(自働債権)はその主張においては九三万円を上廻り、原審認定においても原審が相殺を認めた二二八、五一四円を遙に上廻るのであるから、原審の法令適用の誤りは判決主文に影響を及ぼすこと明らかである。

(ロ) 仮に相殺の後に時効の援用があつても時効完成の効力が生じるとしても民法五〇八条の趣旨は時効にかゝる債権も相手方の現に有し又将来有するに至るであろう反対債権に対して担保的効力を有するので、相殺の意思表示をしないで放任していることがあるのに鑑み、時効完成後も相殺をすることができると規定したのであり、原審が上告人の相殺時に於て相殺適状にある債権の相殺による消滅を認みないで二二八、五一四円の限度で相殺を認めたのは法令の解釈適用を誤つたものである。(以下省略)

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